2001. 3. 30 商品はあれど、販売は出来ません

カトマンズ市内キングス・ウェイは、各国航空会社支店、高級ブティック、5スターホテル、レストラン、一流旅行代理店などが並ぶ目抜き通りです。その真ん中に先日、アメリカの「有名アウトドア用品」の正規代理店がオープンしました。

このブランドの衣類は、日本でも有名です。値段は高くとも長持ちし、なんと云っても「過酷な気象環境のヒマラヤ」に仕事で行くときは、これら一流の素材と縫製、デザインの衣類がなくては話になりません。私も亭主も愛用しています。と云うことで「やったー!これからはカトマンズで買えるぞー」と、うきうきそのお店を覗いてみました。

が、しかし。お店の中に「ここはショールームです。商品の販売は出来ません」と書いた紙が貼られているのです。商品はあるのに、何故販売は出来ないのぉぉぉ?とお店の人に尋ねてみますと、奥からバングラデシュ人のオーナーが登場し説明してくれました。

曰く、このアメリカのブランドは縫製工場をバングラや中国に持っているのです。カトマンズのお店は、これらアジア各地にある工場からネパールに商品を「ブランドの正規代理店として直に輸出し、ネパールで販売する」目的で会社登記されています(海外との合弁会社のようです)。

しかしです。ネパール政府が「近隣諸国で縫製された衣類を、ネパール国内で販売する許可」を出さないのだそうです。じゃあ巷にあふれているネパールの既製服を売るお店はどうなの?アジア各国(韓国・マレイシア・中国・インドなど)で製造された既製服が大規模に売られているのに????リーバイスやベネトンのインド工場で縫製された製品の、正規販売店は堂々営業しているのに......

ネパールでの商売は、不思議なルールで規制されたり保護されたりしているようです。


2001. 3. 28 私は修行が足りないなぁ....

まぁ聞いてください。ネパールのある社会的に名の知れた知識人と、外国人の会話です。

ネパール知識人氏 「我が国は上から下まで汚職がはびこり、国の発展を大変に妨げています」

外国人A氏+B氏+私 「(頷きつつ)うんうん」

ネパール知識人氏 「でですねぇ。(堂々と)ネパールから汚職を撲滅させるための、外国援助が必要なのではないでしょうか?ねっ、ネパール汚職撲滅プロジェクトは是非、外国人の皆さんにやっていただきたい(きっぱり)」

外国人A氏 「(怒りを抑えつつ)それは貴方達ネパール人自身で解決すべき問題でしょう。私たち外国人が口出しすべき問題ではないと思いますがね。自国の内政まで、外人にやってもらいたいのですか?」

私 「(心の中で)そうだー!恥ずかしくないのかー!外国人に頼って良いことと悪いことがあるぞー。恥を知れー」

外国人B氏 「(苦笑しつつ)いえいえ。私が思うにね、賄賂ってのはネパール固有の文化だから、私たち外人が良いとか悪いとか口出しすべき問題ではないのですよ」

私 「うぐぐぐぐっ」

今日の教訓: 
異文化ってとっても面白いものですね。ではさいなら、さいなら、さいなら....はぁ〜(ため息)



2001. 3. 25 美しきカトマンズに思いを馳せて

Dwarika's Hotel(ドワリカズ・ホテル)は、カトマンズ市内バッティスプタリ(Battisputali / パシュパティナート寺院近く、ゴウシャラ・チョウクからプラノ・バネソール方面に向かう)にある、非常にユニークな、ホテルを越えたホテルです。

ドワリカズの建物は全て、中世から近世に至る歴史的木彫り窓や煉瓦が、その内装と外装に使われています。ホテル全体が、かつての美しく調和に満ちていたカトマンズを再現しています。

ドワリカズでは、古い美術品をそのまま使用するだけでなく、その修復工房を持ち、また古式美術煉瓦の制作も行っています。それだけではありません。これら古い芸術品を現代の快適な生活様式にマッチさせるため、様々な工夫がされています。この工夫に関しては、敢えてここでは書きません。先ずは一度訪れて、ドワリカズをご自分の目で見て確かめてください。

またここには完全予約制ですが、「クリシュナルパン」という素晴らしいネパール料理店があります。食文化を通じて、カトマンズ盆地の都市国家・ネワール文化を追体験するというものです。ここにはイギリスのチャールズ皇太子をはじめ、世界の王族・有名人なども訪れています。

最近カトマンズでは、ネパールの古い建築を再現修理し、その中でネパール料理を楽しむレストランが増えています。これらのオリジナルは、実はここドワリカズ・ホテルにある!と云って過言ではありません。ドワリカズはここ30年以上にわたり、カトマンズ盆地の文化芸術の復興と観光のパイオニアとして、独自の活動を進めています。

さてこのドワリカズホテルで、3月29日まで毎日10:00-18:00まで、日本人写真家(ご本人は写真愛好家と謙遜されますが)森田さんの個展"POETRY of IMAGES"が開催されています。レンズフィルターなどの技巧は使用されず、森田さんの心眼で見た写真映像の数々.....これまたお勧めです。

一般観光地やタメルも楽しいカトマンズですが、是非一度ドワリカズで、心豊かな、そして平和なカトマンズ文化を味わってみてください。これもまた.....ネパール体験です。


2001. 3. 23 民族衣装はどこへ行った
ネパール男性の正装
ネパールに数多い民族には、それぞれの民族衣装があります。しかしそれら全てを「ネパール人」という集合体で考えたとき、ナショナル・ドレス(ネパール国民としての正式な民族衣装)男性はダウラ・スルワル、トピー(縁なし帽子)、そして西洋式のブレザーです。

ところでネパールの国籍証明書の写真は、男性の場合トピーという縁なし帽子を被った写真でなくてはなりません。髪型が隠れてしまいますから、本人の照合のためには不都合ではないのかしらん?証明写真を撮るスタジオにはトピーを忘れた人のため、レンタルトピーが用意されていたりもします。まぁトピーだけでも、略礼装ってことみたいですね。

最近のカトマンズでは、このような正式の民族衣装(ダウラ・スルワル+トピー)を着ているのは、職務中の「政府高官(次官・次官補)」「国会議員」くらいのものです。また、正式な場面で王族の謁見を賜る場合も、ネパール人であれば民族衣装着用です。

それでは、いまどきのカトマンズ・シティボーイたちは何を着ているのか?ジーンズでありスーツであり、世界中のどの国の人とも全く同じ服装です。1990年の民主化以前は、民族衣装の男性がもっと多かったように思えます。服装も民主化って事ですかねぇ。

コメディーソングに、「さぁ選挙で当選大臣になった!わくわく民族衣装を仕立てに行こう。負けたやつはもう、民族衣装なんて着るもんか。民主主義は民族衣装の無駄ってことよ」ってのがありましたっけ。

因みにこの写真の男性は、政府高官でも国会議員でもありません。が、よく似合ってるよぅ民族衣装!


2001. 3. 22 印鑑 と サイン

日本は私が申すべくもなく、「印鑑」社会ですよね。

私の卒業した中学校は、卒業記念品が「印鑑」でした。曰く、義務教育を修了したからには、今後は自分で自分に責任を持ちなさい。その印として、記念の印鑑を差し上げましょう....とね。

一方、ネパールをはじめとする諸外国は、「サイン」社会です。私達がネパールに住み着き、銀行口座を開設するときまず「うぐぐっ」となるのが、「サイン」を銀行に登録することを求められることではないでしょうか。この場合のサイン、ローマ字(若しくはネパール語)で筆記体である必要があります。何故か、
1.漢字のサインはネパールでは真贋の区別が付かない
2.ブロック体だと偽造されやすく、筆記体でなくてはならない


芸能人ならともかく、日本でおぎゃぁと生まれて育った人間に、いきなり「ローマ字筆記体のサインを」と云われても困るじゃありませんか。しかもです。ネパールは本人であっても、お金の引き出しには「銀行小切手」を切る必要があります。ここに、登録したものと同じサインを書く必要があるわけです。

サインが一致しないと......お金は引き出せません!

実際の話、ローマ字のサインに慣れていないと、いつも同一のサインが出来ないのですねぇ。ホント私も随分困りました。銀行の窓口で(知り合いの行員さんに)「貴方本人だって事は私は知ってるけれど、サインが一致しないんじゃぁどうしようもないわ!」と云われたことも何度かあります。

これからネパール移住や留学をお考えのみなさま、事前に自分のローマ字筆記体サインを考えておきましょう。因みに、パスポートは漢字サイン、銀行届け出はローマ字サインでも「問題ありません」


2001. 3. 20 ネパール政局・春の陣

昨日まで2日間、ネパールの与党コングレス党の臨時党大会が続いていました。

ネパール版ロッキード事件と云いましょうか、ロイヤル・ネパール航空公社のオーストリア・ロウダ航空からの機体リース汚職疑惑により、野党はコイララ首相(写真左)の退陣を要求しています。しかし一貫してgirija.jpgコイララ首相は疑惑を否定し、議会の多数派の信任を得ている限り「辞任はしない」と、強硬な態度を崩そうとしません。また一部で噂される「解散総選挙」も否定しました。

deupa.jpg今年1月の党大会総裁選挙で敗れたデウパ元首相(写真中)は、現在までは表だってコイララ首相のロウダ汚職疑惑を追及していません。

しかし心中、次の首相の座を狙っているのは明白です。デウパ元首相は若手ナンバーワンであることは事実です。またその精力的な政治姿勢に、追随する国会議員が少なくありません。

デウパ元首相は王族と同流の「タクリ族(武士階級チェトリの中の王侯カースト)」であり、またラナ家(元将軍家でシャハ王家の外戚、王妃を多数輩出している)の女性と結婚しています。この背景から、彼があまりに王宮に近すぎると懸念する声があります。コイララ首相は、どうもデウパ元首相の政治姿勢を、信用していない様子です(あくまで私の分析ですが)。

さぁ、コイララ首相は辞めたくない(辞められない)。そしてデウパ元首相には政治的トップの椅子を譲りたくない!となるとバッタライ翁....まさか....年齢ではコイララ首相より若干若いですが、お付きの若者の腕をつかんでいないと歩くことも出来ない、バッタライ元首相(写真右)が返り咲く可能性も否定できません。

人間としては陽気で、冗談好きのバッタライ元首相ですが(いつも必ずバウン・ジョークを炸裂させて、その場をかき乱すおじいちゃま).....彼の有名な癖は、物事のイエス・ノーや白黒を正反対に間違うことです。1月の党大会開会式でも「これで党大会も終了し」と発言したバッタライ元首相です。また国会決議でも、よく賛成と反対を間違え、野党側の決議に一票入れてしまう御仁です。

コングレス党が分裂したり、中間選挙が行われ惨敗しない限り、この3人の誰かがネパールの首相の座に着くのです。ネパール政局・春の陣、与党は問題山積です。


2001. 3. 19 再度NGOを考えるに....

不肖私は、国際援助の素人です。止せばいいのに.....でももう一度、NGOについて考えてみます。

以前のひとことで、私は日本のネパールに対する「非駐在型NGO」に対する考えを述べました。もっと平たく云えば、日本の善意の団体がネパールに駐在員を置くことなく、現地の仲介者にゆだねてNGO事業を行うことの難しさ。善意の素人が、公正で効果的な海外援助を行うことの難しさ。そして、個人や団体の善意を「結果」に結びつけるため、援助のプロである実績ある団体に教示を仰ぐ、「潔さ(いさぎよさ)」の必要性。

さて、NGOも事業の一つです。利潤を追求するのがビジネスという事業であるなら、NGOは社会奉仕を追求する事業なのではないでしょうか。

私達がビジネスを始めようと考えるときまず、その事業が成功するための戦略を練りますよね。その段階で、様々なプロ集団のお世話になったりもします(会社登記・税務処理・法律関係など)。また必要ならば、その道の先駆者や老舗の他企業・お店に就職し、その道の「修行」を何年も積んだりという「プロセス」を踏みます。

そして殆どの場合、自分自身が直接ビジネス事業に関わってゆきます。誰かに事業を委ねるにしても、そのパートナーとは充分に意志の疎通が出来ているでしょうし、かなりの頻度で会計や事業実施についてのチェックをする筈です。また本当に経営が軌道に乗っているか、シビアな会計処理もするでしょう。

ところが、同じ事業であるはずのNGOの場合、その事業の実施において成されるべき事前調査や、要望調査と云った「プロセス」が省略され、旅人の目から見た「思いこみ」だけで事業が開始されたらどうなるでしょう。たまたま知り合った日本語の話せるネパール人を、もしくはネパールに詳しい日本人を、長年付き合ったり充分な話し合いの「プロセス」なしに信用してしまっていいのでしょうか。

ネパールにおいて安直にNGOを開始することを、ビジネスの図式で考えてみると、どこに問題点が潜んでいるか理解し易いと思います。

NGO事業は、部外者が地域社会に(善意をベースに)介入し、そして結果的には地域住民の意識と行動を変革していく中で、住民生活の向上を図らねばなりません。そして将来、部外者が撤退した後も、地域住民自身の手で生活向上のための試みが続いていくような戦略が必要です。ある面、利潤追求のビジネス以上に難しいものではないでしょうか。

事業開始の課程での「しかるべきプロセスが省略され」「事業主は日本にいて現地には駐在せず」「たまたま出会った仲介者を信用し」では......成功する頻度が下がってしまうのは当然ではないでしょうか。

みなさまからのシビアなご意見ご教示を、お待ち申し上げております。


2001. 3. 18 今週の NEPALI TIMES
nepalitimes.jpg
Himal Media社発行の週刊英字紙、NEPALI TIMES 記事からの抄訳です。

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HOTEL HARAKIRI (ホテル業界切腹す)NEPALI TIMES 2001.3.16-22号より


ダークスーツを身にまとったホテルの管理職たちが、テーブルの給仕、配膳、そして電話交換に追いまくられる羽目になった。これは誰も望まない、そして誰も止めることが出来なかったホテルストの結果である。

しかし問題解決の可能性がなかったわけではない。政治的背景を持つホテル従業員組合に対し、いくつかのホテルは交渉の意志を持っていたし、組合側も柔軟な対応を示唆していたのである。それなのに、ネパールホテル協会(通称HAN/ホテル経営者の団体)は2週間前、ストライキの法的規制を求め訴訟を起こした。これにより、従業員組合側の戦闘意識の炎に、油を注ぐ結果となってしまった。経営者側と従業員組合の当事者間での調整も、政府の仲介も、全ての希望は水泡に帰してしまったのである。

またしても我々は、ネパールの類い希な才能である「国家的切腹」を露呈してしまった。

このホテルストがネパールの国家経済に与える影響は、一日あたり3億3千万ルピー(約4億9千5百万円)と推計されている。この結果、今後何年間にも渡る悪影響が出るのが必至であろう。

みんなで寄ってたかってやらかした「へま」により、ネパールとネパール国民が「敗者」となったのだ。
   *-------*-------*-------*


(これから下は、私の意見です)
ホテルストでは、ネパールは「痛い目」を見ると思います。わざわざネパールまで足を運んでくれた、観光客やビジネス客の皆さんに迷惑をかけたのですから。また諸外国のツアー・オペレーション会社も、こんな風なリスクのあるネパールを、積極的に売り出そうとはしないでしょう。まさに、ネパールの国家的切腹ですなぁ....


それでも私は、このようにして痛い目を見ることにより、ネパールの民主化が徐々に前に向かっていくのではないかとも思います。専制政治時代はストを打つ自由もなかったのです。民主化以降、国民の手には様々な自由と権利が与えられました。そしてその自由と権利を行使することにより、いい結果も悪い結果も全て、国民自身が背負って行かなくてはならないことが、少しずつ少しずつ自覚されてくるのではないでしょうか。

現在の社会的混乱は、より良い国造りの課程で起こっている問題....と信じて、そして行動していきたいと思います。


2001. 3. 17 ビバ!とんかつ

唐突ですが、今日の話題は「とんかつ」です。
菊レストランの「とんかつ定食」
一昨日、ネパールの日本人会総会後の親睦会で、串カツをいただきました。それが呼び水となりまして、やはりとんかつを温かいご飯とおみそ汁と一緒に食べたい!ということです。

カトマンズ市内ラジンパット(パニポカリ)、日本大使館のすぐそば。(王宮通り・タメル方面から来ますと)大使館の直ぐ手前向かって右側に「菊レストラン」の看板が見えます。ここのお勧めは、ずばり「とんかつ定食」です。

菊レストランで腕をふるっていらっしゃるのは、日本人の中野さんです。長年日本料理の道を歩まれてきた中野さん、カトマンズにお店を開かれるとき、他の日本料理店にはない何か特徴を出そうと考えられたそうです。そこで、とんかつに力を入れたメニューを作られた.....というわけです。

もちろんその他の日本食メニューも、家庭の暖かさの感じられる美味しさです。定食に付いている季節野菜の小鉢ものにも、中野さんの心遣いがこもっています。写真はとんかつ定食(270ルピー)。その他、特製ソースと鰹節・海苔のかかった和風とんかつ定食(340ルピー)もお勧めです。

カトマンズでふと疲れを覚えたとき、ここ一番勝負をかけるとき、そしてお腹がすいたときならいつでも.....菊レストランのとんかつ!わたくしのお勧めです。

☆菊レストラン TEL: 435220 / 営業時間 11:00-15:00 & 17:00-21:00 水曜日定休


2001. 3. 15 カトマンズ川柳

突然ですが、今日は下手な川柳をひねります。

電話が直って あぁうれしいな ナニ!停電???
 〜昨日2日ぶりに電話回線の工事が終わり、電話が開通。いざネットを!と思ったら、突風による停電になりました。


仲間まで 何故に楯突く コイララ内閣
 〜某東アジアの先進国と同じ状況の、ネパールコイララ首相。仲間うちまでが、2名大臣辞任をしてしまいました。


お客様は 神様なれど ホテルスト
 〜またまたホテルストが始まる可能性があります。ネパールでは、客人は富の女神の使いと云われてきましたが....


あぁいやだ でもネパールは 離れたくなし
 〜ホントに嫌なら、とっくの昔に日本に帰っている....何故か離れられないネパール。



2001. 3. 14 国連に貢献するネパール

3月12〜13日、国連のアナン事務総長がネパールを訪問されました。

ネパールは国連の、平和維持活動に大きな貢献をしている国です。ネパール国軍は、国連平和維持軍に部隊を派遣しています。またネパール警察も、国連平和維持活動に人員を派遣しています。

先進国のように「拠出金」の額で貢献することは出来なくとも、マンパワーの拠出をきっちり行うことで、ネパールは国連活動に対する加盟国としての責任を果たしています。カトマンズ近郊には、国連平和維持活動のためのトレーニング施設もあります。これをネパールだけのものではなく、南アジアのトレーニングセンターに格上げすることも検討されているそうです。

私の知り合いの中にも、平和維持活動に派遣された職業軍人がいます。派遣される本人にとっては危険もあるものの、派遣特別手当も魅力的なのだそうです。

世界各地の紛争地帯に、ネパール人はかなりの割合で、そこに....いるのです。


2001. 3. 13 「親方ネパール」の無責任!

昨日の昼間、突然に我が家の電話回線が全て不通になりました。メディアの仕事をしている私と亭主ですから、通信手段の確保は死活問題です。

時に電話線が故障するネパールですから、我が家(兼事務所)には2本の通常電話回線を引いてあります。1本故障してももう1本で通信する......という訳です。しかしその両方ともが、ウンともスンとも云いません。うむむむむぅ (>_<)
しかしまぁ、私と亭主ももう一段階の手は打ってありまして、二人とも(通常回線とは別系統の)携帯電話を持っています。まだ自分の家も持たず借家住まいの私たちは、分不相応にも4回線もの電話を確保しています。ネパールの経済基準から考えるに、私たち中流のウプレティ家は、電話回線という「4頭の白い象(家庭経済を圧迫する金食い虫)」を飼っているのです。


結局は電話交換システムのメンテナンスだそうで、最短1日、もしかすると2〜3日このエリア一帯の通常電話回線が不通になっていると云うことでした(この記事UPは、ノートパソコンで、他エリアの電話回線経由です)。まぁ.....仕方がないのですが、困ったのはこれを知らない人が我が家に電話をかけてもネパール電話通信公社からのメッセージ(例えば「現在修理中です」のテープ)など何も流れないと云うことです。普通に呼び出し音がして、そしてうちの電話には繋がりません。家に誰もいないのかな?何で誰も電話に出ないんだろう?と思われてしまいます。

ネパールですから、先進国のような「スペアー」の施設なしで運営しているであろう事は想像できます。また仕方のないことでもあります。しかし、しかし、メンテナンスするならそれなりに「メンテナンスしてます」とのインフォメーションを利用者に流すのが、通信を司る機関としての責任でありサービスなのではないでしょうか?

このネパール電話通信公社は、ネパール唯一の電話通信サービス機関です。昨年民間の会社にも携帯電話のサービス認可がおりましたが、公社側が最高裁に(民間への許認可取り消しを)提訴し、事実上「親方ネパール」の公社が、民間のビジネスを妨害しています。一事が万事で、国内・国際間の通信業務を行う機関とは思えない、独善的で利用者無視の面が目立つ公社です。私達も過去に日本との仕事の中で、ネパール電話通信公社には大変お世話にもなっていますし、反面許せない(ネパール人も激怒するような)扱いも受けています。

それでも、ネパールで電話そして通信回線を利用するとき、他の選択肢がないのです。

政府はこのネパール電話通信公社を、公社から一種の会社組織に変更する決定を下しています。会社組織への移行後は、完全民営化とは云えなくとも、民間の会社との共同事業が行えるようになります。しかし本当の意味で、ネパールの通信環境の向上のためには、ライバル企業の参入を認め、健全な市場競争を導入するしかないでしょう。

電話通信と同様に、様々な問題を孕む公社の一つに、ロイヤル・ネパール航空公社もあります。これら「ネパールと世界をつなぐ」、この国の発展に欠かせない機関の運営が改善されること。この方法は、民営化しかないでしょう。ドル箱公社を民営化出来ない裏には、この国の(どこの国にもある)政治的暗部が見え隠れしています。


2001. 3. 12 クマリプジャ と ボージ

カトマンズ旧王宮広場に建つ「クマリの館」。そこに住む少女の生き神さま「クマリ」は、云うまでもなくネパール国家の守り神です。ロイヤル・クマリとも呼ばれ、我々外国人はお側に寄ることも許されません。

ブンガマティのクマリその他にもパタン、バクタプール、そしてブンガマティ(パタン郊外)などのネワール・コミュニティには、それぞれの地域に、独自のクマリがいます。これら「ローカル・クマリ」は、それぞれの地域の人々から、神様として信仰されています。先週末、ネパール人の先輩から、ブンガマティのクマリを招いての「クマリ・プジャ(儀礼) kumari puja」と「ボージ(宴会) bhoj」に招待されました。

生き神様クマリは、ただ黙って座っています。神様ですから.....

儀礼を取り仕切るのは、「グバシュ」と呼ばれるネワール族の司祭です。仏教密教に基づく、様々な儀式が続きます。そして最後に、プジャの主催者、家族、そして客である私たちも順番にクマリの足下に額づき、生き神様の祝福をいただきました。

このようにローカル・クマリは、人々にとって身近な神様です。

さてその後は「ボージ(宴会)」です。掃き清められた土間に(このお宅は近代的なコンクリートの床でしたが)、細長く座布団が並べられています。その前には「沙羅の木」の葉っぱを竹籤でつなぎ合わせた、タパネワリ・ロキシーリという「神聖な食事」をいただくための使い捨てのお皿が並んでいます。

私たち客人や一家の男性たちがあぐらをかいて席に着きますと、女性たちが次々とごちそうをお皿に盛ってくれます。お米の加工したチウラ(神聖な食事には欠かせません)、肉のカレー、魚、野菜のカレー、豆類、お菓子等々です。このような儀礼の後の神聖な食事を、ネワール語で「サマエ・ボージ」と呼びます。もちろんネパールのマナーに則り、右手を使っていただきます。

そしてお皿の横に置かれた猪口には、自家製の蒸留酒「ロキシー」が注がれます。右の写真のように、細い注ぎ口を持つ特製の容器(このお宅では純銀製)を高々とかかげて、猪口からおよそ50センチも上の注ぎ口から放物線を描いて注ぐのです。このとき、猪口にたくさんの泡が浮かぶほど、そのお酒は上質なものだと云われています。火がつくほどに純度の高い、しかし口当たりが爽やかで、実に美味しいネワール・ロキシーです。本当に....うまいっ!!!

カトマンズ盆地を中心に、都市文明を気づきあげたネワール民族。彼等の宗教儀礼や食事には、豊かな文化的背景がにじみ出ています。最近カトマンズのレストランでも食べられる「ネパール(ネワール)料理」ですが、やはり本物の宴会料理は、ひと味もふた味も違います。


2001. 3. 10 NGOを考えるとき....

昨日は、ホーリーらしからぬどんより曇った一日で、ちと肌寒かったです。とはいえ、子供たちは元気に「真っ赤っかのびしょ濡れ」で、アビルという色とりどりの粉や水をかけ合って遊んでいました

さて昨日に引き続き、ネパールと私、もしくは私たちの関わり合いについて、自分なりに考えてみました。お付き合いいただけましたら幸いです。今日はずばり、NGOと日本−ネパール について。

最初にお断りします、私は国際協力のプロではありません。ただ単に、カトマンズに暮らす生活者として見聞きしたことを元に、自分の考えをまとめてみたいと思います。

ネパールを訪れる日本のみなさまの中で、「ここネパールの社会のため何か手助けが出来ないか」と思ってくださる方々が、実に沢山いらっしゃいます。この「善意」は素晴らしいものです。善意と好意がなくては人と人も、国と国との信頼も成り立ちませんから。そこで問題となるのは、善意をどうやって「成果」に結びつけるのか....ではないでしょうか。

日本の常識と善意だけでネパールへの援助活動をとらえると、トラブルに巻き込まれ、結局は成果に結びつかないことがあります。具体的な例をあげましょう。

実例: その1
ネパールが好きになって何度も通っている。ネパールのために何かがしたい。しかし自分は、英語もネパール語も出来ない。そんな時、日本語に堪能なネパール人(もしくはネパール社会にコネクションを持った日本人)と出会い、その人を全面的に信用 してNGO活動をはじめる。


 そのネパール人なり、日本人の方の利益のために資金が使われている可能性はありませんか?援助対象の選定に、仲介者の方の出身地や利益グループと云ったバイアス(利権)がかかっていないでしょうか?

実例: その2
自分が旅行で訪れた村の子供たち、とても可愛かった。その村に学校を建設したい


 実際その村に学校があるのかないのか調査したでしょうか。隣接する地域に、公立やNGOが設立した学校がいくつも固まっている事例もありますよ。また、校舎を建てたあとの学校運営 はどうするのですか?建物だけ建てて開校式をしたら、貴方の関わりは終わってしまうのですか?

実例: その3
実はネパールへの援助活動がうまくいっていない。しかし地域の新聞などにも美談として取り上げられ。ここで引き下がっては自分の面子が潰れてしまう


 実際よくあるのですよ、これが。しかしよーーく考えてみてください。貴方は自分の名誉のために援助をしているのですか?それともネパールのために?「実際援助は成功しませんでした。その原因はこれこれで....」と、正直に公表することも素晴らしい ことなのではありませんか?問題点に目をつぶり、とりあえずの「成功談」に持ち込み、あとはなし崩し的に手を引く......という姿勢は、単に貴方の自己満足と自己顕示ではありませんか?このような場合、実例1のような「仲介者」の不透明さの問題をはらんでいることが多いです。あとは現地との意志の疎通がなかったりもします。

実例: その4
ネパールは貧しい。だから○○○を援助してあげたい


 実際ネパールは貧しいです。しかし待ってください。貴方が援助してあげたいことが、本当にネパールの人のためになりますか?先進国の貴方が「してあげたい」事よりも、ネパールの人たちにとって「何が本当に必要なのか」を、じっくり調査してみる必要はないでしょうか?ネパールの人自身の手で出来ることまで、外人がやってあげる必要はありません。ちょいと一押ししてあげれば、ネパール人が自らの社会を改善していける、その「ちょいと一押し」が何なのか考えてみませんか。貴方の支援が終わったあとも、ネパール人自身の手で成果が上がる援助が大切なのではないでしょうか。

実例: その5
そんなこと云ったって、やっぱり自分の手で何かやりたいんだから、しょうがないじゃない!


 とある国際NGO職員の方のお言葉です。「個人的NGOの立ち上げは恋愛と同じで、誰が止めても止まらない。止めると却って燃え上がる」......

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いかがでしょう。これは私の意見ですが、「言葉が出来ない、ネパール社会を良く知らない」という大多数の方々の善意を生かすためには、実績のある国際NGOの活動に参加してみる、寄付をすると云うのが一つの方法だと思います。その中で、ネパールでの活動方法を学べばよいのではないでしょうか。実績のあるNGOというのはまず、
1.日本に専従職員のいる本部があり、そこには「国際開発のプロ」がいる。
2.ネパールに駐在員事務所(現地事務所)があり、そこにも「国際開発のプロ」がいる。


私が活動を個人的に知っている限りで、ここなら間違いがないというNGOは、同不順で
セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン
シャプラニール
日本赤十字社 (NHK海外助け合い)
United Mission to Nepal


以上あくまで、信頼できる団体ということです(これ以外にも、素晴らしい団体がいくつも存在します)。ネパール社会の経験の浅い外国人が行う援助に関しては、個人もしくは個人の延長の団体と組むのはお勧めしません

ビンティのページ 「マンバワン日誌」もどうぞ!プロの国際NGOが、いかにシステマチックに活動しているのか、垣間見ることが出来ます。

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他人さまを批判するだけではありません。こうして駄文を書いている私、ウプレティ美樹だって「個人」としては、援助のパートナーとして信用してはなりませぬ....ぞ!


2001. 3. 9 ネパールの窓から

ネパールの窓からカトマンズの伝統的家屋には、精巧な木彫りの窓が取り付けられていることが多いです。外から見ると、芸術的に素晴らしいこの木彫り窓。しかしその建物に入ってみると、中は以外と暗くてひんやり冷たかったりします。

ネパールという国自体も、そんな感じかも知れません。

外から見ると、ヒマラヤに抱かれた神秘の王国に見えるでしょう。またそこに住む人々は、経済的には豊かでなくとも、瞳がきらきらと輝き、ゆったりと微笑みながら客人を迎えてくれます。「日本が失ってしまった何かがネパールには残っている」と仰る方も沢山います。しかし本当にそうでしょうか?

ネパールの人たちの、心の中から外の世界を見てみると....自分はネパールという途上国に生まれたがために、こうして暮らしている。しかし人間としての能力や資質は、先進国の人間に負けてはいないはずだ。それなのに先進国の彼らは、安楽な暮らしが約束されていて、それなのに自分は.....

ネパールの人生が、外国人の見るような「貧しくとも心豊かな」ものだけではないように、外国人の人生も「ネパール人の憧れ」そのものではありません。とは云え、ネパールの人たちの目から「豊かな外国人」がどう見えているのか、一度考えてみる価値はありそうです。

また「日本が失ってしまったもの」はネパールに残っているのではなく、ネパールでそれを感じた「貴方の心の中」にこそ!その「大切な何か」が、しっかりと存在しているのだと私は思います。


2001. 3. 8 ご自愛しましょう

ネパールはホーリー(水・色粉なかけ祭り)を前に、ぐんぐんと春が深まっています。この時期と秋、いわゆる「季節の変わり目」には、風邪をはじめとするいろいろな病気に注意する必要があります。

春と秋は、一日の中で気温の高低差(最低気温と最高気温の差)が15〜20度近くになります。と云うことで、身体の中のサーモスタットが悲鳴を上げる!ということのようです。何もしなくとも身体が怠く、やる気が起きません。私の場合、単なる「怠け者」という風説もありますが....(^_^;)

この時期、実に多くの人が風邪を引きます。「何だか体の調子が悪くてね」と云うのが、普段の挨拶「お茶飲みましたか?ご飯食べましたか」の代わりになったりするほどです。実は私も寒気がすると思ったら、亭主共々「がぜですぅ〜」と声も出ないほどの状態で、昨日一日寝込んでしまいました。全く、二人揃って風邪を引くとは....そんなに仲良しな私たちではないのにぃ〜 (@_@)

さてそんなこんなで(私は一昨日歯の治療をしたこともあり)食欲がなく、バクタプールで買ってきた名物「ジュジュ・ダヒ(王様のヨーグルト)」を食べて過ごしました。しかし亭主は絶対ヨーグルトを食べません。曰く「風邪を引いたときは、ヨーグルト、バター、ギゥなどの油脂は禁物。風邪が悪化する」とのこと。ホントかな?また熱が出たとき、アイスクリームも食べてはいけないそうです。身体が冷えるからだそうです。しかし、私は食べるぞ!アイスクリーム、ヨーグルト!!風邪引き・発熱時もね。

身体が弱っていると、腸チフスや肝炎など「もっと悪い系」の病気に罹ることにも注意なくてはなりません。身体の免疫力が弱っていると云うことでしょう。同時にこの時期は、結婚式のシーズンでもあります。披露宴のごちそうは、仕出し業者が作ります。野外に巨大テントを張っての披露宴、仕出しはテントの裏で行われます。ちょっと覗いてみたこともありますが、うむむむむむっ、食欲減退の場合あり(全てとは云いませんが)。一番の問題は「水」です。最近は18リットル入りのミネラルウォーターが普及し、結婚披露宴でもこれが使われるようになりました。以前はただの濾過器がおかれていまして、こっそり聞きましたら「水道水そのまま、煮沸消毒させずに簡易濾過のみ」ってことがよくありました。

とまぁ、季節の変わり目+およばれシーズンに健康で過ごすコツは、無理しない、着物の脱ぎ着重ね着で体温調整をする、そしてくよくよせずにポジティブ思考でバイ菌撃退.....と云うことではないでしょうか。

「これ大丈夫かなぁ?」と不安に思いながら食べると、それだけで体調が悪くなる。不安なら絶対食べない。食べるなら心配しないこと。そして「口に入れてみてイヤーな感じがしたら、迷わず(こっそり)吐き出すこと。飲み込むな」とも、結婚直後に教えられました。昨日一緒に風邪を引いた亭主殿にね.....<(_ _)>


2001. 3. 7 実録!カトマンズの歯科治療D

実録!カトマンズの歯科治療@ A B Cからの続き.....

日本でも「ネパールの歯医者さん」のテレビ番組が放送されたそうですね。こちらは、自分の身を挺して (^_^;)、しかも治療費は自腹を切って (>_<) の「実録レポート!」です。
プラダン歯科医院
本日はバクタプールで仕事をしておりましたら、プルルルルっと携帯電話が鳴りました。「こちらプラダン歯科ですが、クラウンが出来上がりました。今日の夕方どうぞ」とのこと。いきなりでしたが、万障繰り合わせ....で出向きました。先ずはジェントルなプラダン先生(写真向かって左側)にご挨拶しまして、治療前に一枚写真を撮らせていただきました。ねっ、この治療椅子が貴方に「おいでおいで」してません?

不肖わたくしのセラミッククラウンその次は、はるばるバンコクまで技工に出ていた、我が「セラミック・クラウン」とご対面です。写真の通り艶やかに輝いています。

さぁ、覚悟を決めて椅子に座りました。今日はクラウンのセッティングだから、痛いこともないはずですし。っと...仮のクラウンを外す時、何だかイヤーな歯の痛み。そして外すと、「もわっ〜」と虫歯臭(尾籠な話でごめんなさい)。何だかとっても不安になってましたら、先生が

「あいやー、クラウンを被せるとなりの歯の根っこ近くが虫歯だったねぇ。いやはや歯に隠れて見えない場所だった。OK治療しましょう」とのお言葉。早速歯茎にお注射、そしてガガガ.....。結局最初から痛かったのは、この隠れて見えなかった虫歯だったのです。まぁそれがきっかけとなって、歯を総点検する機会が出来たからいいか。プラダン先生優しいし。

見つかった虫歯の治療は30分程度、今日一日だけで終了しました。引き続き、当初の予定のクラウンも被せていただきました。来週からは、反対側のもう一方の歯にクラウンを被せる治療が始まります。

とまぁ、私の歯科治療レポートもひとまず完となります。これからネパールに長期滞在予定のみなさま。歯は日本で治療してからネパール入りしましょう。何せ日本の先生は、日本語が通じて便利ですから。しかしもし、カトマンズで歯が痛み出したら、プラダン先生を初めとするカトマンズの先生方にお世話になりましょう。これまた「ネパール体験」ですぞ (^-^)/~~~


2001. 3. 5 お蕎麦は美味しいなぁ〜

カトマンズでは、ネパール産のそば粉を使った本格手打ち蕎麦を楽しむことが出来ます。その名も「ヒマラヤ蕎麦」は、市内ニューバネソールの「ホテルサンセットビュー」内にあります*。

美味しそう〜1996年に10ヶ月、長野県戸隠村で「蕎麦打ち修行」を修めたネパール人青年が腕をふるっています。彼らも、そしてこのホテルのオーナーも、ダウラギリ・ヒマラヤの奥深く、ムスタン郡トゥクチェ村の出身です。この村は標高2,600メートルの高地で、稲作が出来ません。そのためソバなどの雑穀を栽培していました。トゥクチェは、古くはチベットとの塩の交易で栄えた大変豊かな村です。リンゴなど果樹の栽培でも、ネパールでは有名です。また最近では、富山県戸隠村との「姉妹村交流」も、双方の村おこしに素晴らしい成果を上げています。

さてトゥクチェ村では、そば粉を耳朶くらいの硬さの「ディロ(そばがき)」に練り上げまして、それに肉汁やカレーをつけて食べます。ディロは大変な栄養食でして、ひとつかみも食べればおなかが満腹になります。身体がぽっぽっと暖まり、力が湧いてくる感じです。村では田植えや稲刈りなど、重労働前にはディロ**を食べて精をつけるのだそうです。

さてヒマラヤ蕎麦ですが、例えば写真の「天ざる」は350ルピー(500円ちょっと)です。お通しの「蕎麦団子」と、デザートの「蕎麦ようかん」がサービスでつきます。また、地酒の「チャン***」も付いた蕎麦のフルコースは、700ルピー(1,000円ちょっと)の豪華版です。フルコースに挑戦なら、充分お腹をすかせて行ってくださいね!

ネパールで食べる手打ち蕎麦、最高に美味しいですよ!

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ヒマラヤ蕎麦(Hotel Sunset View内) Tel: 482172 / 482524

**

ディロを食べるなら、ポカラのモナリザ・ホテルがおすすめです。 Tel: 061-20863 / 23680

***

サンセットビューのチャンは、お米を使った芳醇で濃厚な味わい。是非おためしあれ!



2001. 3. 4 近づいてきた「ホーリー」

今週金曜日、3月9日(ヴィクラム暦ファグン月26日)は、春を祝う水かけ色粉かけ祭り「ホーリー」です。

色の粉を掛け合うのは祭りの当日だけですが、薄いビニールのボールに水を入れた「ローラー」をぶつけるのは....実はもう始まっています。若い女性が道を歩いていると、どこからともなくこの水ボール「ローラー」が飛んできます。ローラーが身体に当たると、ビニールの膜が破けて水が飛び出します。当たった人は、身体や着物が濡れるという次第。

かわい子ちゃんにこっそり水をぶつけちゃえ.....ということみたいですね。大体は建物の窓や屋上に、これまた若い男性や子供が潜んでいて、ローラーを投げつけています。

サリー+ポテ(既婚婦人の印であるビーズのネックレス)を身につけていると、不思議とローラーが飛んできません。他人の奥さんはからかうな!と云うことですね。しかしスカートだったりジーンズだったりしますと(≒未婚女性のような服装だと)、ぶんぶん飛んできます....水ボール・ローラーが。まぁ平日の昼間から、若者・青年たちが水遊びをしていると云うことです。

こういった事からも「仕事がなくぶらぶらしているけれど何となく家族に養ってもらっていて、それを真剣に恥ずかしく思っていない都市の若者・青年たち」ってのが、非常に多いのだなぁ.....と考えさせられたりします。そんな彼らは、女の子に水ボールをぶつけて憂さ晴らしをしているのですねぇ。

自分は働かず家族に養ってもらい、屋内に隠れて女の子に水ボールをぶつける。ネパール男性の可愛さと頼りなさと、そして狡さを象徴するような、ホーリー祭り直前のカトマンズです。


2001. 3. 3 桃の節句

今日は桃の節句、ひな祭りですね。こんな季節の折々に、遠く離れた日本を思い出します。

私は三人姉妹の長女です。実家での子供時代、ひな人形は姉妹三人分と云うことで、ちょっと豪華な段飾りでした。祖母と一緒におひなさまを飾るのが毎年の楽しみで、我が家は「新暦3月3日の数日前」〜「陰暦3月3日」までの約1ヶ月間、ひな人形を飾りました。

おひなさまを仕舞うのを嫌がって、随分と祖母を困らせました。懐かしい想い出です。

今は姉妹3人とも独立して、実家には両親しかいません。祖母は私が東京で学生生活を送る間に亡くなりました。私たち姉妹のおひなさま、ずっと押入に入ったままなのではないでしょうか?それとも母が、私たちを思って飾ってくれているでしょうか......


2001. 3. 1 新しいタイトルロゴ
BPのタイトルロゴ
弥生3月、春.....ということで、「ネパールの空の下」タイトルロゴを新しくしました。さてここで問題です。

1.この銅像は誰でしょう?
2.ネパールのどこにある銅像でしょうか?


この銅像の方は思想信条を越え、ネパールの国民的敬愛を集めています。現在天国から自分の弟や後輩たち、そして「国の行く末」を憂いていることでしょう。孫娘の活躍には、微笑んでいらっしゃるでしょうね....きっと。

回答は、掲示板にお寄せください。

今回、過去のタイトルロゴのページも作りました。めにゅーからも飛べますが、このページのどこかからも直接入れます。何だか今日は「なぞなぞ大会」みたいになりました。ご容赦を <(_ _)>